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思い出の競走馬

ナイキアディライトを振り返ってみる

投稿日:2014年5月10日 更新日:

船橋の雄 ナイキアディライト

地方競馬所属のダート最強馬を議論するときには色々な馬の名前が挙がると思います。

アブクマポーロ、トウケイニセイ、メイセイオペラ、アジュディミツオーのように自らの主戦場で無類の強さを誇った馬を挙げる人が多いかと思います。
オグリキャップ、イナリワンのように、中央に来て更に活躍した馬を挙げる人もいると思います。
あるいは、コスモバルク、ネイティブハートのように果敢に中央の芝に挑戦した馬を挙げる人もいると思います。

これらの馬に比べると格は1枚落ちると思いますが、2000年代に中央馬と死闘を繰り広げた地方馬の1頭である、ナイキアディライトについて振り返ってみようかと思います。

 

 

ナイキアディライトの現役時代

3歳時のナイキアディライト

ナイキアディライトが初めて中央馬と対戦したのは、2003年のジャパンダートダービーでした。
当時の地方No.1ジョッキーの石崎隆之を背にダート無敗で羽田盃と東京ダービーの2冠を制した同馬は、中央馬を迎え撃つ地方大将格としてこのレースに駒を進めました。

1番人気:ユートピア(安藤勝己)
2番人気:ビッグウルフ(武豊)
3番人気:ナイキアディライト(石崎隆之)
好メンバーに名手が揃って、良いレースが期待されました。

レースは、ナイキアディライトが引っ張り、その後ろにユートピアが付けて、離れてビッグウルフといった展開。
積極的にナイキアディライトが飛ばしていき、直線を向くころには3頭の争いに。
直線でナイキアディライトは懸命に粘りますが、残り100でユートピアとビッグウルフに差されて3着。

敗れはしましたが、4着を7馬身離した3頭と3人の名手によるデッドヒートは、まさしく名レースでした。

古馬になってからのナイキアディライト

ジャパンダートダービー後、休みを挟んで秋は不振に陥りますが、明け4歳時に2つの交流GⅡを勝ち、帝王賞でもアドマイヤドンにハナ差の2着と大接戦の健闘をしました。

その後は、衰えを見せるものの、かしわ記念と帝王賞で3着とするなど、中央馬相手にも奮闘。

最終的には、43戦14勝 重賞12勝(交流GⅡ2勝)といった成績で引退しました。

ちなみに、最後のレースとなったJBCクラシックでの枠入りでの「ナイキアディライト尻蹴り事件」もちょっとした話題に。

 

ナイキアディライトの引退後

そんなナイキアディライト、引退後は優駿スタリオンステーションで種牡馬入りしました。(現在は太平洋ナショナルスタッドに移動)

頭数は少ないものの、NHKマイルCに産駒が出走をします。
ウィリアムズ騎手が騎乗するマイネルディアベルです。

岡田繁幸氏は地味な血統から良い馬をよく見つけてきますね。
血統は地味ですが応援してください。





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